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INTERVIEW
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どうしてイスラーム教は
わかりにくいの?
危険だと誤解を招く4つの理由 宗教学者・飯塚正人 さん

その数約17億人と、いまや世界人口の4人にひとりを占めるまでになったイスラーム教徒。イスラーム教について知ることは世界情勢を理解する上でも欠かせない。しかし、彼らの存在は日本にいるとどうしても遠く感じられるのも事実。
「イスラームを知ってもらい、誤解を解くことが私の大事な仕事のひとつ」と話すのは、35年以上のキャリアを持つ、イスラーム研究の第一人者・飯塚正人さんだ。
イスラーム教徒ってどんな人たち? 近年のテロや事件の背景とは? 中東で紛争が絶えないのはなぜ?
資料に囲まれた研究室で「アラビア語を読んでいる時間がなによりも幸せ」と笑う飯塚さんに伺った。
取材・文:磯木淳寛/写真:一之瀬ちひろ/編集:川村庸子

イスラームがわかりにくい理由って?

イスラームというと、一般的な日本人にはどうも馴染みが薄いように思います。イメージだけが先行している面もありそうです。

飯塚 日本人のイスラーム観は、2001年9月11日の同時多発テロ「以前」と「以後」とで大きく変わったんですよね。「9.11以前」は‟神さまを信じ、厳しい戒律を守って生きている人たちなのかな”という風に見ていたかと思うんですが、「9.11以後」は、すっかり‟テロリスト”というイメージになってしまった。
イスラームのイメージが常に画一的なのは、やはり情報量が圧倒的に少ないことが原因。高校の世界史でも扱いは小さいですしね。
だからわたしが講演をするときは「なぜイスラームはわかりにくいか」ということに半分以上時間を割いてお話をしています。

なるほど。どうしてわかりにくいのでしょうか?

飯塚 大きく4つの理由があるのですが、まずひとつ目は「宗教会議がない」ということ。宗教会議がないと「これが正統教義です」という統一の見解が決まらないんです。
例えば、一般的にイスラーム教は一夫多妻制だと思われていますが、トルコやチュニジアなどではそうではありません。結婚制度ひとつとっても、いろんな解釈や意見があるわけです。正統教義が決まっていないことはイスラーム教徒同士でも意見が割れる大きな要因にもなっています。

二つ目は「イスラーム教徒自身でさえイスラーム教のことをわかっていないことがある」ということ。エジプトやスーダンには、女性器の一部または全部を切除する女子割礼という風習があるのですが、彼らはこれをイスラームの教えだと信じて行っています。でも、実は割礼の儀式はイスラーム諸国のなかでもこの近辺でしか見られない。もし本当に正しい教えなのであれば、イスラーム諸国すべてで行われていないとおかしいですよね? つまりこれは、教徒自身のイスラーム教に対する単なる誤解。そういうことがたくさんあります。

三つ目は「政治が宗教を利用する」ということです。独裁政権の大統領や国家元首が民主化を拒む理由として「イスラーム教が禁じているから」と言ったりする。本当はそんなことないですし、イスラーム教と民主主義は共存できるはずですが、政治のために都合よく教義を捻じ曲げてしまうことも多いんです。

以上がイスラーム側の問題で、四つ目は教徒以外の人たちが「イスラーム教徒の行動のすべてを、イスラームの教えの反映だと思い込んでしまう」ことです。
世界にはキリスト教の国もたくさんありますが、それらの国が問題を起こしても、「キリスト教が悪い」とはならないですよね。でも、彼らが事件を起こした場合にだけ「イスラーム教が悪い」となってしまう。
日本でも9.11同時多発テロのあと、「イスラームのことを勉強すればなぜテロが起こるのかがわかるはず」と、イスラーム関連本が爆発的に売れました。でも、アルカイダがイスラームの教えに基づいてテロを実行したという確証はどこにもないわけです。

イスラーム教徒は過激なテロのあとに「これは神の教えだ」と声明を出すこともあります。これはどう捉えたらよいのでしょう?

飯塚 確かに、「テロリスト本人がそう言っているんだから、暴力的なものがイスラームの教えなんだ」と思ってしまいますよね。
でも、冷静に考えるとよくわかるのですが、イスラーム教徒は世界中に約17億人もいます。対して、ISIL(イスラム国)の戦闘員はどんなに多く見積もっても3~5万人。つまりものすごく少数の人が言っていることにすぎないわけです。
もしも彼らの言うように「暴力的なものがイスラームの教え」なのであれば、世界中はテロだらけ。大多数のイスラーム教徒がテロリストにならず平和に暮らしていることを考えれば、どちらが教えとして正しいと思われているのかは明白でしょう。
どこの社会でも民族でも、犯罪者というのは一定数いるので、そうした誤解がついてまわるのは仕方がないですけどね。

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研究室にはアラビア語の書物がたくさんあった

イスラームは平和的? 暴力的?

17億人を通してイスラームを見るのか、3万人を通してイスラームを見るのかで、印象はまったく違ってくるということですね。では、「イスラーム教とは平和の宗教だ」と言ってしまってもいいのでしょうか?

飯塚 いや、そんなに単純でもないんです。もちろんイスラーム教には無条件に人を傷つけていいという教えはありません。でも、ふたつだけ暴力が認められるケースがあります。犯罪を犯した人に対する「刑罰」と「敵対する異教徒に対する戦闘」です。
イスラーム教は、もともとメッカという人口1万人程度の小さなまちで生まれた宗教です。それがやがてアラビア半島を統一して、中東や北アフリカにまで拡大したのは、基本的に戦争によるものです。
イスラーム教にはカリフ制度というものがあって、カリフ(指導者)の指導によるものであれば、他国に攻めて行ってもいいことになっている。ただ、1920年代にカリフ制度はイスラーム世界からなくなりました。だから、それ以降に行われている戦争はすべて、もともとの土地を取り返す防衛戦争という位置づけなんです。

イスラエルの紛争も、イスラーム教のパレスチナ人が支配していた土地にユダヤ教徒がやってきてイスラエルを建国したことに対する防衛戦争。
あまり知られていませんが、現代のイスラーム教徒は歴史上支配したことのない土地を占領するために侵略戦争を起こすことはないんです。さらに、歴史的にみると、征服した土地に住む異教徒をイスラーム教に改宗させようという気もまったくなかった。

では、イスラーム教徒は子孫を増やすことでのみ、教徒を増やしていくということですか?

飯塚 もともとはそうです。子どもは父親の宗教を自動的に引き継ぐので、子どもをたくさん産むことでイスラーム教徒を増やそうとしたんです。
ただ、いまでは誰でも改宗ができるようになって、成人のイスラーム教徒男性ふたりの前で「アッラー以外に神はなく、ムハンマドは神の使徒である」と、アラビア語で2回繰り返すだけでイスラーム教徒になれます。だから、もしその気があれば、あなたもすぐにイスラーム教徒です(笑)。

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イスラームは偶像崇拝を禁止しているが、実際は、指導者を神格化しているように見えることもあるという。例えば20年前のトルコでは、建国の父ケマル・アタテュルクの横顔に似た山々の稜線や影を撮影した写真が誇らしげに飾られていた

シーア派とスンニ派の違いは、後継者についての考え方

イスラーム教はもともとユダヤ教やキリスト教と同じ神さまを信じているんですよね。

飯塚 その通りです。ユダヤ教やキリスト教はイスラーム教より前にできたので先輩に当たります。ただ、「先輩たちが教えに対しての解釈を間違えてしまったので、神さまがあらためてイスラーム教をつくった」というのが彼らの立場です。
「神さまはたった一人しかいないはずなのに、キリスト教では‟神さまに子ども(=イエス)がいる”と言っている。それはおかしいじゃないか」ということであったりね。そうした‟間違い”を正すために生まれたのが、イスラーム教だと言うんです。

同じイスラーム教でも、スンニ派とシーア派に分かれていますが、これにはどんな違いがあるんですか?

飯塚 先ほどお話した通り、イスラーム教には宗教会議というものがありません。これは、正統もなければ異端もないということでもあります。だから、どっちが正しいということはないというのが大前提。では、何で対立しているかというと、預言者ムハンマドの跡を誰が継ぐのかということです。

シーア派はムハンマドの子孫をリーダーにするべきだと考える人たちですが、ムハンマドの直系の子孫は9世紀に11代目で途絶えたとスンニ派は言っているんですよ。でも11代目には隠し子がいたというのがシーア派の言い分。その隠し子がいつか救世主として戻ってくるというのをイランをはじめとするシーア派の多くはいまも信じて待っているわけです。
一方で、「すべての諸悪の根源はシーア派だ」と言うのがスンニ派のサウジアラビア。現在、スンニ派とシーア派が争っているのは、シーア派が優勢になるとスンニ派をいじめ、スンニ派が優勢になるとシーア派をいじめるということが特に最近繰り返されているからなんです。

中東ではいつもどこかで紛争が起きている印象もあります。

飯塚 戦争や内戦が長引くのは、大国がいろんな理由で介入してきてしまうからなんですよね。シリアの内戦なども、最初は「生活苦をなんとかしてくれ」という普通のデモから始まったものですが、そこにいろいろな国が介入し、アルカイダも入ってきた。さらにはそのなかからISILという存在も出てきてしまった。
でも、遡るともともとの民族分布などを無視して大国が自分たちの理屈で中東の国境線を人工的に引いたことも大きな原因。結果、国内に異質の民族や派閥が多く混じり、それぞれの集団を外国が支援したりして、火種がくすぶり続ける状態になっています。

イスラームの人たち個人個人はみんな仲良く平和で豊かに暮らしたいと考えている人たちなんですけどね。わたしがエジプトに行くと、こんなに食べきれないよというくらいたくさんのごちそうを用意してくれて、お金があってもなくても同じようによくしてくれる。とにかくみんな性格が明るいんですよ。

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イスラームの女性は顔と手以外は隠していることが多い。地域によっては、男性がよく被っている白い帽子が、メッカを巡礼したことを意味することもある(2007年/モロッコ)

イスラームと近現代との両立

そもそも先生が研究をはじめたきっかけは、何だったんですか?

飯塚 わからないものをわかりたかったからでしょうか。中東には古代オリエントの時代からメソポタミア文明やエジプト文明がありましたが、それ以降、実際に生きてきた人たちのことは教科書ではあまりわからなかった。わたしは彼らの歴史物語を知りたかったんですよね。
それで、大学2年のときにアラビア語のゼミを選択したんです。するとその翌年に文学部にイスラーム学コースが新しくできることになってね。新しくできるから先輩もいなくて楽かな? と思って入ったらこれが大間違い! かなりハイレベルな授業が始まって、週に2日も徹夜で勉強しないとついていけませんでした(笑)。
そのコースでは、近現代のイスラームの改革思想の研究から始めました。その後、1988年から2年間、エジプトの日本大使館に専門調査員として勤めることになり、いわゆる穏健なイスラーム原理主義者たちとも付き合いができるうちに、イスラーム教よりも人間そのものの方に関心が移っていったんです。

エジプトは形式的には国会のある民主主義国家ですが、不正選挙がまかり通っていて、民衆の支持を得ていてもなかなか政権を取ることはできない。それなのに、なぜこの人たちはこんなにまでイスラーム原理主義運動を一生懸命やってるんだろう? と興味を持って、ますますのめり込んでいきました。
変な言い方ですけど、イスラーム教の魅力は「わかりにくいんだけど、わかっちゃうとおもしろい」ということだと思います。

イスラーム教についてわかってきたこととはどんなことですか?

飯塚 「イスラーム」と一言で呼ばれているものの多様さですね。解釈できる幅が広いので国によっても全然違うのがおもしろい。
彼らの共通点は唯一、「現代においてもイスラーム法(コーランを基に定めた法律)に基づいて生きていこう」としているところ。2004年にアラブの4ヵ国で行われた世論調査では、イスラーム法を国の法律にしようという人たちが90%を超えるんです。でもそう答える人たちのなかでも、イスラーム法が制定された時代のままやるのか、それとも現代と折り合いをつけたかたちでやるのかというところでは意見が割れる。

19世紀以降、イスラーム法学者の考え方は、「イスラーム法に反していないものはイスラーム法として認める」というものになってきましたが、わたしはこれが民主主義と共存させていく有効なやり方であるように思います。こういうことがわかったときが研究に手応えを感じる瞬間ですね。

では、これから研究していきたいことはどんなことですか?

飯塚 政治面の研究についてもまだまだやらなくてはいけないことがありますが、同時に、現代医学とイスラーム教の両立にも興味があります。
イスラーム教は、「この世が終わったあとに神の審判が下り、天国か地獄に行く」という考え方なのですが、そのとき、いま使っているこの体をあの世でもそのまま使うんですよ。死んでも火葬しないのもこれが理由です。

そうすると、臓器移植を認めるかどうかも問題になる。それから、イスラーム教の多数派は、人間が生きている状態とは、魂と肉体がくっついている状態だと言うんですが、魂と肉体が離れる「死」という状態をどう判断するのかも考えなくてはいけない。人間の生死を魂と肉体の関係でとらえ続けるなら、脳死なんか絶対に認められないだろうと思うんですが、永久に脳死を認めないわけにもいかないでしょう。
つまり、現代とイスラーム教とがどう付き合っていくのかという問いが発生する。こうした研究を深めてみたいと思っています。

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